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大学病院で右眼だけをレーシック手術

今はレーシックが主流になっていますが、私は平成7年に某大学病院でPRKの手術を受けました。ある雑誌で手術のことを知ったのですが、当時はまだ臨床試験という同段階だったので、手術代は無料。

とはいえ、実験台になるわけですからもちろん不安はありました。ただ、大学病院ということで漠然と安心したところがあったし、そのときにはすでに何人もの患者さんのデータが蓄積されていたというのも安心材料になりました当時私の視力は右0・05、左0・2くらいだったと思います。

そこでまず極端に悪い右眼から手術することにしたのですが、大学病院は比較的どこもそうですが、やはりそこでもすごく時聞がかかりました。最初に検査してから平気で何ヶ月も待たせる上、手術はさらに何ヶ月後:::。土日は休みですから通うのも大変で、結局そこでは右眼の手術しか受けなかったんです。

●病院を替えることの躊躇

レーシック手術後は右眼の視力に合わせて左眼はコンタクトで矯正していました。今考えるとめんどうなことをしていましたが、当時はそれが当たり前だったのでとくに気にすることもなかったのです。

ところが、ぞれから半年くらいが経過した頃、眼に異変が起こりました。手術をした右眼の視力が低下し始めたのです。診てもらったところ、後遺症によるへイズであることが判明。通常ヘイズは濁って見えるといいますが、それに対する自覚症状はなく、ただ視力が安定しないことが非常に煩わしかったと記憶しています。そんなとき、松原先生の本と出会いました。最新の器械を導入していることを知ったので、病院を替えてしまおうかと考えたのです。

まずは目薬で治そうということになり、しばらく治療をし、その聞に左眼を手術したのです。手術は同じPRKでしたが、その違いに驚かされました。器械の違いだけなんでしょうか。

前のレーシック手術のときは何ミクロンか忘れてしまいましたが、かなり削られたんです。そのせいか喉か腫れて1週間くらい仕事を休むはめになったのですが、なんとこちらの手術は、腫れのひきも早く手術当日から2日くらいで落ち着いたではないですか。

その差は歴然です。素人判断ではありますが、おそらく削る量が少ないということはそれだけ眼のダメージも少ないということなんでしょうね。その後、薬では右眼が安定しないということで、再度レーシック手術を受けました。

このおかげであんなに煩わしかったへイズもすっかり影をひそめ、今では安定した視力で物を確認することができます。さらにその後、右眼と左眼の視力を調整する意味で、左眼も再度レーシック手術しました。

結局、最初に受けた手術を治療する形の手術になってしまったわけですから、最初からクリニックに来ていればよかったとつくづく思ったものです。申アフターケアの重要性を実感前の手術と今回のレーシック手術では手術後の症状に違いがありましたが、もうひとつそれぞれの病院のアフターケアにも遣いを感じました。

例えば、PRKの手術の後はコンタクトを入れるのですが、前のときは翌日には外されました。しかし、実際はまだ表度ができあがっていないから眼か痛いんです。ぞれは我慢するしかなかったわけですが、こちらではそんな不具合はまったくなかったです。

レーシック手術を受けることに

診察はまず検眼から。そして松原先生と、PRKとレーシνクのどちらを受けるかの話し合いです。PRKは元の視力によって回復に差があり、レーシックの方が視力はちゃんと出やすいなどのお話を聞いて、結局私ほど視力が悪いとレーシックの方がよいという結論がでたところで、手術となりました。

手術当日は主人に付き添ってもらいましたが、到着するまでどきどきして、さすがにちょっと怖かったですね。でも待ち合い室には手術を受ける方がたくさんいたので、こんなにも仲間がいるんだ!とほっとしたものです。

レーシックの手術前にはまず、眼を洗い、力パーをかぶせて、順番待ち。手術が短時間で済むことは知っていましたが、私の前に受けた方があまりにも早く出てきたので、もう終わっちゃったの!って感じでした。手術は、まず点眼の麻酔をして横になります。そしてまぶたが閉じないように固定してからスタート。

はじめに角膜を力ν卜するのですが、0・02の裸眼では視界が全てぼやけて見えるので、器械などはなにも見えず、ただ吸い付けられる感じがするだけで痛みはありませんでした。そしてその力ν卜した部分をめくった後、赤い点を見るように言われます。

レーザーを眼球にあてていた時聞はほんの数分だと思いますが、自分の中では長く感じました。その後、めくっていた角膜を戻すのですが、それは目を優しくなでつけられているような感覚でした。全部で百分位でしょうか。手術が終了してさつきまで見えていなかった天井の模様が見えたとき、はっきりと視力の回復を実感しました。手術後は、両眼を却分程ふさいで休みます。

私にはそれがいちばん辛かったですね。何も見えないので時間の経過が全然わからないんです。痛みはありませんが、眠れるわけでもなく、ただただ早く結果を知りたくて、まだかな、まだかな、と待っている時聞がもどかしかったものです。

これから受けられる方は、自分の好きなCDやMDを聴けるように準備していったほうがいいかもしれませんね。ようやく初分が経過して、視界が広がったときは何とも言えない状態でした。ぽわっとした感じと眼のだるさ・・・。痛みはなかったのですが、とにかくまぶたが重く、眼を閉じている方が楽なくらいでした。

レーシック手術が終わった後にすぐ帰宅しました。付き添ってくれていた主人は仕事に行く事になったので、新宿から1人でタクシーに乗ったのですが、実はすごく不安でした。ちゃんと見えるかな、家までの道のりを説明できるかなって。

でもいざ乗ってみると、裸眼にもかかわらずちゃんと景色が見えて「あのトラックが止まっているところを右に曲がってください」と自然に口にしているんです!そんな自分に気づいたときは感激しました。それまではもちろん裸眼で外出したことはないし、家の中でもそういう時聞は極わずかだったので、そんなことを考えるとまさに信じられない状況でした。

レーシック手術を受けた体験

私とレーシックとのお付き合いは、小学校四年生の頃から始まりました。その頃のメガネ、特に子供用のものはデザインの種類もなくて、軽量化されていたとはいえ重たい感じがして決して楽しくお付き合いをしてはいませんでした。

二十一歳になってコンタクトレンズを使い始めたのですが、三十歳を過ぎた頃から長時間使用していると疲れ目がひどく、夕方になると視力が落ちてきてコンタクトの度があわないと感じるようになって、ストレスになりました。

さらにコンタクトレンズに付着した自分のたんぱく質にレーシックを起こすようにもな一時間も入れていると激痛がして耐えられないという状態でりした。

私の場合は、事情が事情だったので手術に対する不安よりも、近視をどうにかしたいという気持ちの方が大きかったので、悩むこともなくレlシックを受けることにしました。

とはいえ、いざ病院に予約を入れ検査にいく時にはかなり緊張していましたが、受付の方の応対や検査レーシックの方々のスムーズでわかりやすい説明を受けているうちに、すっかりリラックスしました。

手術の時も、やっぱり最初はドキドキしたのですが、先生がレーシックに合わせてこれから何をするのか今どうなっているのかを、ひとつひとつ説明してくださるし、なんの痛みもなくてただキレイな光を見つめているうちにあっというまに終わってしまいました。

レーシックを考え始めた頃両親に「こういう手術をうけようと思ってるんだけど」と話すとあまりいい顔をしなかったので、手術の日を教えていませんでした。

それで手術をした夜に「今日受けました」と事後報告すると、とても驚き「大丈夫なの?」と聞くので「しみる感じがしてちょっと痛い感じかな」と正直に答えると「今すぐ実家に帰ってきなさい」と言われました。

そんなこと言われでも私の方は目が痛いんだから、二時間もかけて実家に帰るよりも、早く保護カバーをして眠ってしまいたいのに。まったくコントのような会話でした。一晩眠ったら痛みも取れてあとはふつうの生活にもどれました。

手術は木曜日に行い、手術の翌週には海外出張をしたくさらいです。レーシック手術を決心したことは、人生最良の選択でした。今、いくらお金を積まれでも、近視に戻りたいとは思いません。二千万円、いや二億円でも絶対にいやです。

レーシック手術そのものは、あっという聞に終わりました。先生が手術中にもリラックスできるようにいろいろと話をしてくれたことを覚えています(こうした心のケアも、医師を選ぶ際の重要なポイントだと思います)。